社労士事務所の事業承継で確認すべきポイントと進め方を解説

社労士事務所の事業承継について、確認すべきポイントと進め方を詳しく解説

「後継者が見つからない…」「事務所の将来はどうなるのだろう」こうした悩みを抱える社労士(社会保険労務士)事務所の所長は少なくありません。

社労士業界では所長の高齢化が進む一方で、適切な後継者を見つけることが困難になっています。

本記事では、社労士事務所の事業承継を成功させるために確認すべきポイントと、具体的な進め方を詳しく解説します。

記事の結論

  • 社労士業界の高齢化により事業承継の準備が急務となっている
  • 「親族内承継」「職員承継」「M&A」の3つの方法から最適な選択肢を選ぶ
  • 8つのステップに沿って計画的に進めることで事業承継リスクを軽減できる
目次
  1. 社労士事務所の事業承継が必要な理由
    1. 社労士業界全体の高齢化が進んでいる
    2. 後継者探しが難しくなっている
    3. ステークホルダー(職員や顧問先など)に対する責任
  2. 社労士事務所の事業承継前に確認したいポイント
    1. 所長の年齢・健康状態的に業務継続は可能かどうか
    2. 後継者候補(親族・職員・外部)がいるかどうか
    3. 事業の業績と経営基盤の安定度はどうなっているか
    4. 顧問先との契約状況と信頼関係はどうなっているか
    5. 事務所資産・契約・許認可の現状はどうなっているか
    6. 事業承継をした場合、所長は事務所にどのように関わっていきたいか
  3. 社労士事務所における事業承継の3つの方法
    1. 親族内承継
    2. 職員承継
    3. M&A(外部承継)
  4. 社労士事務所の事業承継の進め方|8ステップの流れ
    1. ステップ①「事業承継の目的・時期・関与度を明確化する」
    2. ステップ②「事業承継計画書を作成する」
    3. ステップ③ 「現状分析とリスクチェックを行う」
    4. ステップ④「事業承継先(後継者・譲渡先)を選定」
    5. ステップ⑤「条件交渉と合意形成を行う」
    6. ステップ⑥「関係者への事前根回しを行う」
    7. ステップ⑦「契約・登記・届出などの手続きを行う」
    8. ステップ⑧「事業承継後のフォローアップを行う」
  5. まとめ|計画的な事業承継で事務所の未来を守る

社労士事務所の事業承継が必要な理由

社労士事務所において事業承継が課題となっている背景には、業界特有の問題が挙げられます。

ここでは、社労士事務所の事業継承が必要な主な理由を3つ解説します。

  • 社労士業界全体の高齢化が進んでいる
  • 後継者探しが難しくなっている
  • ステークホルダー(職員や顧問先など)に対する責任

社労士業界全体の高齢化が進んでいる

全国社会保険労務士会連合会の調査によると、社労士の約60%を50代以上が占め、60代~70代の割合も年々増加傾向にあります。(参考:社会保険労務士白書-2024年版

以下に、全国の社労士の年代別構成比をまとめました。

年齢層構成比
(全国平均)
70代以上15.4%
60代22.3%
50代31.1%
40代24.3%
30代以下6.9%

今後10年以内に引退を迎えるであろう60代以上の社労士は全体の37.7%となっており、事務所の今後を考える必要性が高まっています。

高齢化の影響は経営面にも現れており、長年の経験と実績は強みである一方、新しいサービス展開やデジタル化への対応が遅れがちな事務所も散見されます。

顧問料の価格競争が激化する中で、従来の経営手法のままでは社労士事務所の競争力を維持することも難しくなっています。

結果、顧問先の減少や新規顧客の獲得が停滞するなど、事務所経営の先行きに不安を抱える所長が増えています。だからこそ、事業承継が課題の解決手段になるのです。

後継者探しが難しくなっている

社労士事務所において後継者が見つからない問題は、制度上の制約、人材確保の難しさ、地域差など複数の要因が絡み合っています。

まずは、後継者の確保が難しい主な要因を紹介します。

課題内容主な影響
資格保有者の少なさ社労士は国家資格であり、そもそも登録者数が限られている。特に地方は有資格者が少ない傾向にある地方では親族内承継も外部承継も難しく、事業承継候補が見つかりにくい
人材育成の負担小規模事務所では育成に必要な時間・資金が不足しがち。教育体制が整っていない事務所も多い育成中に離職するリスクが高く、経営を任せられる人材にまで育てられないケースが多い
開業志向の強さ資格取得者は独立志向が強く、既存事務所の事業承継よりも自身での開業を選ぶ傾向がある事業承継希望者が育たず、人材確保が難航。採用しても長期定着に結びつかない
事業承継への心理的ハードル職員は経営責任や資金面に不安を感じやすく、事業承継自体をためらう傾向がある適性があっても本人が事業承継を辞退することで、承継計画が頓挫する可能性が高い

これらの背景に加え、地域による有資格者の偏在も、課題を深刻化させています。

以下は、2023年における都道府県別の社労士登録者数の一部です。

地域登録者数地域登録者数地域登録者数
北海道1,336人神奈川県2,839人大阪府4,611人
青森県197人新潟県543人鳥取県140人
秋田県167人長野県615人愛媛県366人
埼玉県1,984人静岡県1,080人福岡県1,731人
千葉県1,657人愛知県2,920人熊本県469人
東京都11,840人京都府937人沖縄県231人

参考:社会保険労務士白書-2024年版

東京都と鳥取県では登録者数に約84倍の差があり、地方では後継者候補の確保が都市部に比べて圧倒的に困難です。

また、社労士事務所規模が小さいことで採用力や人材育成にも限界があり、事業承継に適した人材を内部から育てることも難しい現状となっています。

結果、後継者が見つからないまま廃業を余儀なくされる社労士事務所が増加しています。

ステークホルダー(職員や顧問先など)に対する責任

後継者が不在のまま社労士事務所が廃業する事態は、関係者全体に深刻な影響を与えます。

所長本人は引退して事務所を廃業すればすむかもしれません。

しかし、顧問先企業やその職員、事務所の職員、さらには地域や社労士業界全体にまで悪影響が及ぶでしょう。

以下は、社労士事務所の関係者ごとに発生するリスクと影響です。

対象リスク影響例
顧問先企業担当者の突然の不在、業務引継ぎの負担、信頼関係の断絶社労士の選定・再契約、社内対応の混乱、トラブル対応の遅延
顧問先の職員労務相談・手続き支援が停止し、混乱が波及労働基準監督署への対応や就業規則見直しが停滞、法令遵守が不安定になる
事務所職員雇用喪失、キャリアの中断、再就職の不安特に年齢が高い職員は再就職が困難で、生活基盤を失うリスクがある
地域の企業支援体制専門家の空白により、地域中小企業の支援体制が弱体化する助成金申請や創業支援の遅れ、人材労務分野の相談窓口が減少する
業界全体信頼性の低下、若手離れ「社労士は不安定」という印象が根づき、後継人事の参入が減少する

社労士の顧問先企業にとっては、長年にわたり築いた信頼関係が突然失われ、新たな社労士の選定や業務引継ぎの負担が発生します。

中小企業では、所長と社労士との個人間の信頼関係に基づいて業務を依頼する例も多く、担当者変更による混乱は避けられません。

また、社労士事務所の職員にとっても、廃業による突然の雇用終了は生活に直結する不安要因となります。

小規模な社労士事務所ほど転職支援制度が整っておらず、中高年層にとっては再就職が困難な場合も多く深刻です。

社労士事務所の廃業による影響が発生すると回復は困難であり、関係者の損失に及んでしまうでしょう。

社労士事務所の持続性と関係者の安心を守るためには、引退時期を見据えた具体的な対策が欠かせません。

社労士事務所の事業承継前に確認したいポイント

事業承継を具体的に検討する際には、所長の年齢や健康状態、後継者の有無、事務所の経営状況など、複数の視点から総合的に評価することが必要です。

事務所の先行きに不安があれば、以下のポイントを参考に、事業承継準備の必要性と緊急度を見極めましょう。

  • 所長の年齢・健康状態的に業務継続は可能かどうか
  • 後継者候補(親族・職員・外部)がいるかどうか
  • 事業の業績と経営基盤の安定度はどうなっているか
  • 顧問先との契約状況と信頼関係はどうなっているか
  • 事務所資産・契約・許認可の現状はどうなっているか
  • 事業承継をした場合、所長は事務所にどのように関わっていきたいか

所長の年齢・健康状態的に業務継続は可能かどうか

事業承継を検討する上で最初に確認すべきは、経営者である所長の年齢・健康状態・就業意欲についてです。

現在だけでなく、今後5年〜10年程度先の状況を見据えた客観的な自己評価が求められます。

以下の項目を参考に、自身の状況を確認しましょう。

評価観点チェックすべきポイント判断の目安
年齢現在の年齢と、今後5〜10年の業務継続可能性一般的に70歳を超えると、体力や集中力の低下が顕著になりやすい
健康状態定期健診の結果・持病の有無・通院頻度・慢性疾患の進行具合など業務に支障を感じる兆候がある場合は、早期の検討が必要
体力的負担外出を伴う業務(顧問先訪問、研修講師など)の肉体的負担がある業務への耐性疲労感や移動の負担が増している場合には、将来の実務対応に影響が出る可能性がある
業務への意欲・関心法改正対応への取り組み・新規顧問先開拓への積極性社会や制度の変化に関心が薄れている場合には、事務所の成長停滞リスクが高まる
緊急事態への備え突発的な病気や事故が発生した場合の事業継続シナリオ事前の事業承継計画がなければ、廃業や資産価値の低下につながるリスクがある

所長自身の人生はもちろん、大切なご事務所、そしてご家族や職員、顧問先など関わる全ての方のためにも、突発的な健康悪化や事故などの不測の事態に備えておくことも重要です。

万が一の事態が発生した際に事業承継計画がないと、顧問先へのサービス提供が中断され、社労士事務所の売却価値が著しく損なわれる可能性もあります。

顧問先が離れてしまうと、長年築き上げてきた社労士事務所の信頼性がわれるおそれもあるでしょう。

「まだ問題はない」といった主観的判断にとどまらず、客観的な自己評価をもとに事業承継準備を検討することが、将来の混乱を回避する最善策です。

早期の事業承継計画策定は、所長自身・職員・顧問先にとって最良の結果につながります。

後継者候補(親族・職員・外部)がいるかどうか

社労士の事業承継は、後継者候補の違いによって親族内承継、職員承継、外部承継(M&A)の3つに分かれます。

以下に、それぞれの事業承継の特徴をまとめました。

事業承継の種類特徴
親族内承継経営理念や人間関係の引継ぎがスムーズ。信頼関係を維持しやすい。
職員承継事務所の業務を理解しており、既存顧問先との関係も構築済み。
外部承継(M&A)第三者による買収・引継ぎ。廃業せず事業を継続できる選択肢。

現時点で後継者候補が不在であっても、「後継者=親族・職員に限らない」という視点を持つことが重要です。

近年では外部への事業承継事例も増加しており、M&Aを選択することで廃業を回避し、社労士事務所の資産価値や顧問先との関係を維持できます。

後継者候補が現時点で事務所内に不在でも「外部承継(M&A)」という選択肢があります。幅広い選択肢から事務所と所長の価値観・現状に合う方法を考えることが重要です。

事業の業績と経営基盤の安定度はどうなっているか

収益性、顧客基盤、契約継続率などの数値は、後継者やM&A候補の意思決定にも直結します。

以下の項目に沿って、現状を整理しましょう。

評価軸確認ポイント安定している場合のメリット課題がある場合の対応策
売上・利益の推移過去3年間の売上高や営業利益率に大きな変動がないか経営の継続性が高く、事業承継交渉を有利に進めやすい原因を分析し、コスト構造の見直しや料金体系の改善を検討する
顧問先数の変動顧問契約の新規獲得や解約の推移を時系列で確認顧客満足度が高く、将来的な収益の再現性が期待できるサービス品質および顧客対応体制の強化によって、契約継続率の向上を図る
顧問先の業種
規模構成
特定の業種または特定顧客への依存度が偏っていないかリスクが分散され、外的要因の影響を受けにくい顧客構成の見直しと、新規開拓先の再設定などによってリスク分散を進める
上位顧問先への依存度売上の過半を占める顧客が存在していないか顧客離脱のリスクが低く、安定した収益が見込まれる顧客分散の方策や契約更新時の交渉を検討し、依存度の軽減を図る
財務情報の整備状況月次試算表や年次決算書が整備されており、財務情報の開示が可能か後継者やM&Aの譲渡先に対して安心感を与え、事業承継判断が円滑に進む記帳体制の整備や会計ソフトの導入、専門家の関与によって透明性を高める

事業の可視化が進んでいる事務所ほど、後継者や外部への事業承継がより円滑に進めやすくなります。

現時点で課題が見つかっても、事業承継を見据えた経営改善のタイミングと捉えることで、価値のある社労士事務所として次世代へ引継ぐ準備が可能です。

顧問先との契約状況と信頼関係はどうなっているか

特定の顧問先への依存度が高い状態は、事業承継時にリスクとなるおそれがあります。

契約内容や顧問先との関係性を客観的に把握した上で、後継者がスムーズに引継げるよう準備を進めることが重要です。

以下の観点をもとに、自事務所の契約内容および顧問先との信頼関係を確認しましょう。

項目確認のポイント改善・準備の方向性
上位顧問先の売上依存度売上上位5社が全体売上の何割を占めているか依存度が高い場合には、顧客の分散を図る対策を検討する
契約形態の安定性
(自動更新・長期契約)
年単位契約や自動更新契約の比率単月契約が多い場合には、長期契約への移行を提案する
顧問先との関係性の可視化キーパーソンとの面談頻度や、所長以外との関係構築の有無関係者一覧表を作成し、後継者との面会機会を意図的に設ける
契約書・業務記録の整備状況契約書の保管状況、業務対応記録ややり取りの記録などの文書管理状況顧問先ごとに文書を整理し、後継者が情報を把握しやすい体制を整備する
顧問先ごとのリスク
継続見込み
今後の契約継続性や、特別対応を要する個別事情の有無高リスク顧問先をあらかじめ精査し、対処方針や引継ぎ内容を後継者と共有しておく

顧客情報や業務記録の整理が不十分な場合は、事業承継後の業務品質に影響を及ぼす可能性があるため、注意が必要です。

契約情報や業務記録の整理、マニュアル作成は、実務面と信頼維持の両面において欠かせない準備といえます。

事務所資産・契約・許認可の現状はどうなっているか

事業承継の判断にあたっては、資産・契約・許認可の現状把握が欠かせません。

社労士事務所の場合、有形資産よりも無形資産の管理が重要です。

以下を参考に各項目を整理し、事業承継時に必要な確認項目と対応ポイントを明確にしておきましょう。

項目確認内容注意点
無形資産営業権、事務所名、顧問先情報、業務手順書など事務所の「価値」を可視化し、引継ぎ対象の範囲や資産評価の根拠となる
不動産・設備事務所物件の賃貸借契約、設備のリース契約事業承継後の利用の可否や契約変更の要否を事前に確認しておく
各種契約保険契約、ソフトウェアライセンス、電話・通信関連の契約など名義変更や解約条件を把握し、事業承継後に発生するコストや作業負担を軽減する
人事・労務関連職員の雇用契約書、就業規則、給与規定事業承継後の雇用継続や待遇面のトラブルを未然に防ぐ。整理された情報は信頼関係の構築にも資する
許認可関連開業届出、労働保険事務組合の認可、届出済みの業務範囲、有料職業紹介事業許可、労働者派遣事業許可、建設業許可など名義変更や再申請の要否を把握し、必要な法的手続きを明確にする

社労士事務所の資産、契約、許認可の状況を可視化することで、以下のメリットがあります。

  • 事業承継にかかる時間と手間を大幅に短縮
  • 後継者の不安や不信感を払拭
  • 将来的なトラブルの予防

特に無形資産は可視化しにくいため、漏れのない整理と文書化がスムーズな事業承継につながります。

事業承継をした場合、所長は事務所にどのように関わっていきたいか

事業承継後に所長が完全引退を希望するか、一定期間は相談役や顧問として関与するかによって、後継者側の負担や意思決定の自由度は大きく変わります。

各関与パターンの特徴を把握した上で、所長本人、後継者および顧問先にとって最も適切な関与度を検討しましょう。

関与の形態主な役割メリット注意点
完全引退社労士事務所運営から完全に退き、顧問先や職員と関わらない後継者の独立性を最大限に尊重できる顧問先への事前周知や、後継者の経営体制整備を事業承継前に完了させておく
顧問として関与名義使用や相談対応など限定的な関与必要に応じて助言ができ、不測の事態にも対応可能報酬の有無や期間、役割の明確化が必要
一定期間共同運営引継ぎ期間中に共同で業務を遂行し、徐々に主導権を移す顧問先や職員に安心感を与え、後継者の業務習熟を支援できる権限や役割の明確化、不必要な干渉を控える意識が重要
スポット支援型特定の業務や繁忙期のみ臨時的に関与健康状態や生活スタイルに応じて柔軟に関与できる関与の範囲および期間をあらかじめ限定し、認識の相違を防ぐ必要がある

いずれのパターンを選ぶ場合でも、関与期間、報酬、役割分担について事前に合意しておくことが、トラブル防止につながります。

後継者にとっても、経営の自由度とサポートのバランスを事前に把握できることで、事業承継に対する意欲が高まりやすいです。

社労士事務所における事業承継の3つの方法

社労士事務所の事業承継には、「親族内承継」「職員承継」「M&A(外部承継)」の3つの方法があります。

各事業承継方法のメリットやデメリット、特徴を詳しく解説するので、自身の社労士事務所に適した承継戦略を選んでください。

事業承継方法対象者適用ケース
親族内承継親族親族に社労士有資格者がいて
強い事業意欲がある
職員承継職員社労士の有資格者で
経営意欲のある職員が在籍
M&A(外部承継)第三者内部後継者不在
完全引退希望

親族内承継

親族内承継では、所長の子どもや配偶者、兄弟姉妹など親族が事業を引継ぎます。

信頼関係や理念の継承がしやすい反面、後継者の適性判断、資格取得に関する準備が必要です。

社労士資格の取得や経営スキルの育成期間は、事業承継の成否を左右します。

以下に、親族内承継に関する特徴とメリット、デメリットをまとめました。

項目内容
特徴所長の親族が後継者となる事業承継形態
適しているケース社労士資格を保有している親族に経営適性が見込める場合
メリット顧問先や職員との信頼関係を維持しやすい
事務所の理念や文化を継承しやすい
外部への情報漏えいリスクが低い
意思決定が迅速かつ柔軟
デメリット所長としての育成には時間と費用がかかる
親族が社労士資格を保有していなければ事業承継できない

経営適性や意欲が不明確な場合がある
感情的対立が生じる可能性がある

事前に後継者の資格取得や社労士事務所運営に関する教育体制を整え、段階的に役割を移行することが、親族内承継のスムーズな実施につながります。

職員承継

社労士事務所の職員が後継者となり、事業に必要な資産を現在の所長から買い取って事業承継します。

社労士業務の実務経験を有し、顧問先との信頼関係や事務所の文化をすでに理解している点が強みです。

一方、候補者がいても準備が不十分であれば、事業承継の失敗リスクが高まる点に注意しましょう。

以下に、職員による事業承継の特徴やメリット、デメリットをまとめました。

項目内容
特徴社労士の資格を持つ職員が後継者となる事業承継形態
適しているケース社労士の資格を持ち経営意欲のある職員が在籍している
顧問先との関係を維持したい場合
外部への売却に抵抗がある
メリット後継者は実務および顧客対応に精通しており、引継ぎが円滑に進みやすい
信頼関係や運営方針を維持しやすい
他の職員の雇用も継続される
デメリット社労士資格を有する職員がいないと実行できない
後継者は経営権を取得するための資金が必要
後継者が
必要資金を調達できない可能性がある

所長が早期から事業承継候補者の育成や資格取得の支援を行っていれば、自然かつ安定性の高い手段です。

M&A(外部承継)

社内に適切な後継者がいない場合に、社労士事務所を外部の第三者に譲渡する方法です。

譲渡先は、独立を目論んでいる社労士個人や他の社労士事務所、士業系法人など、社会保険労務士資格者または有資格者が在籍する組織に限られます。

この手法では、現所長が売却益を得られると同時に、事務所の機能や顧問先へのサービスを継続できる点が特徴です。

ただし、事務所の文化や運営方針の継承が困難となる場合があり、所長交代によって顧問先が離脱するリスクもあります。

以下に、M&A(外部事業承継)による事業承継の特徴やメリット、デメリットをまとめました。

項目内容
特徴社労士事務所を外部の第三者に譲渡する事業承継形態
適しているケース親族および職員に事業承継の意思がない場合
現所長が完全引退を希望する場
メリット譲渡先のリソースにより顧問先サービスの向上が期待できる
最新のシステムや経営ノウハウの導入が進む
売却益を得られる
事務所の存続が可能
デメリット譲渡先によっては職員の待遇悪化やサービス水準の低下が懸念される
顧問先が所長変更に不安を抱き離脱リスクがある
文化や経営方針の継承が困難となる場合がある

M&Aはリスクも伴いますが、事前準備と譲渡先の選定を丁寧に進めることにより、成功の可能性を高められます。

社労士事務所の事業承継の進め方|8ステップの流れ

事業承継は感情的な判断だけでなく、明確なステップに沿って計画を進めることが成功への近道です。

準備不足で進めると、事業承継後のトラブルや事務所価値の低下につながるリスクがあります。

ここでは、社労士事務所の事業承継の進め方を以下の8つのステップに分けて詳しく解説します。

  • 事業承継の目的・時期・関与度を明確化する
  • 事業承継計画書を作成する
  • 現状分析とリスクチェックを行う
  • 事業承継先(後継者・譲渡先)を選定
  • 条件交渉と合意形成を行う
  • 関係者への事前根回しを行う
  • 契約・登記・届出などの手続きを行う
  • 事業承継後のフォローアップを行う

ステップ①「事業承継の目的・時期・関与度を明確化する」

社労士の事業承継を計画するうえで最初にすべきことは、「なぜ事業承継するのか」「いつまでに事業承継を完了させるか」「事業承継後に自分はどこまで関与するか」を明確に決めることが重要です。

これらが曖昧なままだと、関係者との認識共有が不十分となり、事業承継プロセスにおいて混乱を招くおそれがあります。

以下に、事業承継の第一段階で検討すべき事項や具体例、注意点をまとめました。

項目概要具体例・判断ポイント
事業承継を行う目的事業承継を実施する理由を明確にし、関係者と共有する法人化・成長戦略の一環

引退による業務移行

後継者不足の解消
事業承継の完了時期いつまでに事業承継を完了させるのか、完了時期から逆算して計画を立てる「〇年〇月までに所長を交代」
と決める
最低1〜2年の移行期間を確保
事業承継後の関与度事業承継後にどの程度関与するかを明示する完全引退か顧問として一定期間関与するか

後継者へ段階的に業務移譲するプロセスを決定
関与度と
影響の関係
関与の深さが顧問先や職員の安心感にどのように影響するかを整理する段階的な引退:信頼関係を維持しやすい

突然の完全引退:顧問先離脱のリスクがある

事業承継の「目的」「完了時期」「関与度」を明確にすることで、必要な支援策や手順を円滑に策定でき、後継者・顧問先・職員との信頼関係構築にもつながります。

このステップは事業承継全体の基盤となるものであり、丁寧かつ現実的に検討しましょう。

ステップ②「事業承継計画書を作成する」

事業承継をスムーズに進めるには、現状の整理と今後の方針を文書化した「事業承継計画書」の作成が不可欠です。

事業承継計画書を作成することで、所長・後継者・職員・金融機関など関係者全体での認識のズレを防ぎ、トラブルを防止しやすくなります。

以下に、計画書に盛り込むべき項目をまとめました。

項目内容例
事務所の現状事務所の規模(職員数、拠点、開業年数)
顧問契約の件数、継続年数および契約内容
主要顧問先の構成比率(上位5社の売上構成)
職員構成(役職、勤続年数、有資格者の有無)
財務状況(直近3期の売上高、利益および資産状況)
承継の概要事業承継方法(親族内承継、職員承継、M&A)
事業承継対象(営業権、設備、契約、顧客データなど)
後継者候補の資格、経験および役職など
スケジュール引継ぎ開始時期および完了予定時期
各段階(実務引継ぎ、顧問先引継ぎ、名義変更など)の予定
完全引退予定日
役割分担と関与度事業承継前後の業務分担(誰が何をいつ引継ぐか)
旧所長の関与期間および役割(相談役、顧問など)
関係者対応顧問先への説明および引継ぎ方法
職員への事業承継方針の説明
金融機関、士業ネットワークなどへの連絡計画
注意点必要な許認可手続き

助成金や外部支援の活用予定

M&Aの場合は企業価値評価の実施予定も記載することが望ましい

「事業承継計画書」があることで、金融機関からの信頼を得やすくなり、必要な融資や専門家による支援も受けやすくなります。

事業承継の実施予定日が遠い場合は、将来的な状況の変化にも対応できるよう、定期的に計画書の内容を見直すことも重要です。

ステップ③ 「現状分析とリスクチェックを行う」

事業承継前には、財務、税務、労務および法務の各分野ごとに現状を詳細に分析し、潜在的なリスクを明確化することが重要です。

リスクを明確化して改善措置を講じることにより、事業承継後のトラブルを防止してスムーズな事業継続ができます。

以下に、各分野における主な確認項目をまとめました。

分野主なチェック項目想定されるリスク
財務借入金や保証人契約の有無
簿外債務の有無
資金繰りの状況
事業承継後に予期せぬ債務が発覚する
資金繰り悪化による経営不安
税務過去の税務申告状況の確認
将来的な税務調査の可能性
未申告・誤申告の有無
追徴課税による資産減少
労務就業規則や雇用契約書の整備
未払い残業代の有無
有給休暇の取得状況
労使トラブルや訴訟の発生リスク
法務業務委託契約・顧問契約などの更新時期
過去・現在の訴訟案件の有無
契約書の記載内容の不備
顧問先離脱や法的紛争の発生リスク

補足ポイント

  • 事業承継前に外部専門家(税理士・公認会計士・弁護士)に依頼してリスクレビューを行うことで、客観性と精度が高まります。
  • 簿外債務や労務リスクは見落とされやすく、事業承継価値を大きく下げる要因になるため重点的に確認しましょう。
  • リスクが見つかった場合には、事業承継前に是正処置を講じておくことが、譲渡先や後継者との信頼構築につながります。

事業承継前のリスク洗い出しと整理は、事業の健全性を客観的に証明し、承継後のトラブル防止とスムーズな事業移行を実現する基盤となります。

ステップ④「事業承継先(後継者・譲渡先)を選定」

事業承継先の選定は、事業継続の成否を左右する重要なステップです。

単なる資格や立場のみならず、「経営を任せられる人物か」「職員や顧問先と信頼関係を築けるか」といった多角的な観点から判断する必要があります。

以下の比較表を参考に、後継者または譲渡先候補の選定を行いましょう。

選定基準具体例評価ポイント
資格・実務能力社労士資格の有無、実務経験、顧問先対応の実績承継後も問題なく、社労士事務所を経営できる実力があるか
経営意欲・責任感事業承継に前向きか、責任を持つ意思があるか、将来像が明確か形式的な事業承継ではなく、主体的な意志の有無が鍵
事務所との相性組織文化・理念の理解度、先代との価値観の一致表面的な関係性でなく、根本的な理解があるか
財務的な実行可能性親族以外の事業承継の場合、自己資金の準備状況、融資の目途、買収資金の調達計画M&Aの場合、実行力や誠実性も評価対象
職員・顧問先への配慮雇用継続の意思、顧問先対応の継続性、信頼関係構築への姿勢職員・顧問先の信頼を守れるか

補足ポイント

  • 親族内承継・職員承継の場合
    • 候補者が未熟な場合には、育成計画や段階的な権限移譲が重要です。役割と時期を明確にし、円滑な移行を図る必要があります。
  • M&A(外部承継)の場合
    • 信頼性のあるM&A仲介機関を通じて複数の譲渡先候補を比較検討し、条件や相性を慎重に見極めてください。

経営理念や事務所文化の継承意欲も、事業承継後の事業成功に大きく関わるため重視しましょう。

ステップ⑤「条件交渉と合意形成を行う」

事業承継にあたっては、譲渡価格、支払い方法、引継ぎ期間、先代の関与範囲などの条件を文書により明確化し、双方が合意することが重要です。

ただし、事業承継の類型によって、交渉の内容や進め方は大きく異なります。

事業承継形態交渉の有無とポイント
親族内承継相続または生前贈与で承継が行われるため価格交渉は不要だが、後継者側の相続税または贈与税対策が生じる
職員承継社内での信頼関係を基盤として、柔軟な条件交渉が行われやすい
M&A(外部承継)価格、支払い方法、引継ぎ体制などに関して、詳細かつ慎重な交渉が求められる

M&Aの場合、交渉は仲介会社を介して行われ、市場相場や当事者の希望を踏まえた合理的な条件設定が重視されます。

以下に、事業承継条件の主な交渉項目とポイントをまとめました。

項目内容例合意形成のポイント
譲渡価格営業権・顧客基盤・設備などの価値を反映M&Aでは企業価値評価を参考に、現実的かつ公平な価格設定を行うことが重要
支払方法一括支払、分割支払、売上連動型の報酬など譲渡者は未回収リスクを避ける、譲受者は資金繰りに無理のない計画を立てることが重要。両者の合意に基づき設計する。
引継期間3ヶ月、6ヶ月、1年など顧問先への説明、引継ぎ、後継者の業務習熟に必要な期間を確保する
業務分担顧問先への対応、職員管理などの役割分担混乱を防ぐため、業務役割を明確化し文書化しておく
雇用・待遇条件職員の雇用継続、処遇維持などの確認事項離職や職員の不満防止のため、事業承継後も待遇を維持する調整を行うことが重要

特にM&Aの場合は、事前に専門家の助言や仲介サポートを受けることで、条件の妥当性やリスクを客観的に確認できます。

親族内承継や職員承継であっても、親しい関係であることを理由に曖昧な取り決めとせず、適切に契約書や覚書などにより文書化することが、事業承継のスムーズな実施につながります。

ステップ⑥「関係者への事前根回しを行う」

事業承継に伴う経営体制の変更については、顧問先および職員に対して丁寧に説明し、理解と信頼を得ることが承継成功の鍵となります。

関係者に向けての後継者紹介と社労士事務所運営方針の共有は、事業承継に対する不安を軽減し、スムーズな事業移行を実現するために重要です。

以下に、関係者別の説明ポイントと目的をまとめました。

対象主な説明内容目的
顧問先サービス継続および向上に対する方針の提示
後継者の経歴および運営方針の説明
個別面談や説明会の実施
解約リスクの低減
信頼関係の維持
職員後継者との面談およびチームビルディングの機会提供
将来のキャリアパス共有
雇用条件の継続確認
業務継続への安心感醸成
組織の一体感強化
離職防止
関係機関金融機関、提携士業、リース会社などへの報告
今後の対応方針共有
信用不安の発生防止
事務的混乱の回避
全体共通トラブル発生時の連絡体制および相談窓口の整備
事業承継の背景および目的の明確化
事業承継スケジュールの提示
不要な誤解および憶測の防止
関係者全体の理解促進

補足ポイント

  • 顧問先の離脱防止には、後継者が「どのような価値を提供できるか」を明確に伝えることが重要です。
  • 職員への説明は待遇条件のみでなく、「自分の将来がどうなるか」に応える視点が必要です。
  • 情報共有のタイミング」にも配慮し、正式契約や登記変更前に伝えると混乱を防げます。

関係者との信頼構築を目的とした説明は、単なる「報告」ではなく、事業承継全体を成功に進めるための戦略的ステップと捉えましょう。

ステップ⑦「契約・登記・届出などの手続きを行う」

事業承継の最終段階では、契約、登記、届出などの法的および実務的手続きを、正確かつ漏れなく実施することが求められます。

以下に、社労士事務所の事業承継において必要となる主な手続きとポイントをまとめました。

項目内容・対象実施上のポイント
事業譲渡契約、合併契約(法人の場合)事業譲渡契約事業承継形態に応じて契約内容が異なるため、法律の専門家による確認が必要
登記の変更法人所長の変更登記、社員変更登記(法人事務所の場合)法務局における法的効力の発生には、変更内容に即した書類の整備が求められる
登記変更では費用も発生
行政機関への届出社会保険労務士会、労働保険事務組合、税務署、年金事務所など期限内の届出がなされない場合、業務継続に支障を来す可能性がある
顧問契約の名義変更契約書の名義、担当者記載の更新顧問契約における所長氏名の書き換えが必要
許認可の承継手続き労働保険事務組合の認可更新その他各種届出における所長氏名の書き換え
銀行・財務関連法人口座の名義変更、印鑑登録、ネットバンキング権限の変更など給与振込や支払い業務に遅延が生じないよう、事前準備および手続き計画を策定することが重要

補足ポイント

  • M&Aの場合
    • 個人経営の社労士事務所の場合は事業譲渡、法人化している場合は事業譲渡か合併の選択肢があります。契約書の作成・確認には、必ず法務専門家である弁護士を関与させましょう。
  • 職員承継の場合
    • 現所長から後継者である職員への事業譲渡契約を結ぶため、M&Aと同様の契約者作成が必要です。
  • 親族内承継の場合
    • 後継者に相続または生前贈与で経営権が譲渡されるため、契約書のようなものはありませんが、社労士会や行政機関への手続きは同様に必要です。

手続きの遅延や漏れは、顧問先や職員に不信感を与える要因になるため、チェックリストを用いて確実に実行しましょう。

ステップ⑧「事業承継後のフォローアップを行う」

社労士の事業承継は契約や引継ぎで完結するものではなく、その後の定着が成否を左右します。

事業承継直後は、顧問先・職員・後継者の全員が不安定な時期であるため、先代によるサポートが効果的です。

以下に、M&Aによる事業承継および先代所長が完全引退する場合を除いた事業承継後の主なフォローアップ施策をまとめました。

フォロー内容具体策例目的・効果
顧問先との信頼継続後継者による定期フォローを実施顧問先との関係維持および契約継続への安心感の提供
後継者への業務支援定期的なミーティングの実施
実務に関する助言・相談体制の構築
後継者の業務遂行能力および意思決定力の向上支援
職員への心理的配慮業務変更点に関する丁寧な説明
離職リスクの軽減および組織の一体感の維持
緊急時対応の支援体制一時的な業務応援体制の整備
緊急時対応マニュアルの作成
想定外の事態への備えおよび事業継続力の強化
関与度の段階的縮小初期3ヶ月は定期的関与、半年以降はアドバイザーとして限定的に関与する体制へ移行後継者の自立促進および円滑な世代交代の実現

補足ポイント

  • フォローアップ期間の目安は6ヶ月~1年が一般的ですが、後継者の成熟度や顧問先の反応に応じて柔軟に調整が必要です。
  • 曖昧な関与は混乱を生むため、「どの業務に」「どの程度」「いつまで関与するか」をあらかじめ計画しておきましょう。

事業承継直後は、「信頼の継続」「不安の払拭」「後継者の自立サポート」が重要です。
先代による段階的なサポート体制を通じて、事務所全体が新体制へスムーズに移行できるよう設計しましょう。

まとめ|計画的な事業承継で事務所の未来を守る

高齢化・後継者不足といった社労士業界の課題に対して、事業承継は未来を変える選択肢のひとつです。

事務所内に後継者が見つからない場合でも、「M&A(外部承継)」という選択肢があります。

最も大切なことは、顧問先や職員との信頼関係を保ちつつ、社労士事務所の価値や文化を次の世代に確実に引継ぐことです。

社労士事務所の事業承継を成功させるための重要なポイントは、次のとおりです。

項目内容
事業承継の必要性の認識高齢化・体調・意欲などをふまえて継続可能性を評価
事業承継手段の選択親族内承継・職員承継・M&A から自事務所に適した方法を選定
信頼関係の維持顧問先や職員との関係を崩さない引継ぎ方法(説明・同行訪問など)を確保
早期準備の重要性最低1~2年の準備期間を確保し、リスク洗い出しや計画書作成を早めに着手
専門家の活用社労士会、税理士、弁護士、M&A仲介機関などの第三者支援を受けることでリスクと負担を軽減
現状把握から始める事業規模、契約状況、職員体制、財務状態などの現状を客観的に洗い出すことが起点

社労士事務所の事業承継は、「廃業を避ける手段」ではなく、「未来を見据えた経営戦略」ととらえ、前向きに計画を進めることが大切です。

不安や迷いがある場合は、まず現状の把握から始め、専門家に相談してみましょう。

早期に事業承継について検討しておくことが、社労士事務所の未来を支える確かな一歩となります。