「ほかの所長には会いませんでした」〜福井県の老舗社労士事務所の所長が語った熱い思い〜


小玉事務所グループ
小玉 隆一先生 / 65歳
開業年数 | 51年 |
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顧問先件数 | 400件 |
職員数 | 10名 |

社会保険労務士法人協心
𠮷村 徳男先生 / 46歳
開業年数 | 8年 |
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顧問先件数 | 1,000件 |
職員数 | 56名 |
経営者は、職員や顧問先の人生も背負うものだ。福井県で多くの優良企業を抱える小玉氏との調印式で、譲受側である社会保険労務士法人 協心の𠮷村氏が「この統合は間違いない」と確信した。その理由はなんだったのか、M&Aで最も大切なことを改めて振り返る。
経営者の背中を押す存在であり続けたい
――まずは、M&Aをお考えになったきっかけを教えてください。
小玉: もともと、60歳を目処に事業承継を考えていました。しかし当時は踏み切れず、最終的に65歳での承継となりました。事業承継の方法として、最初に考えたのは親族内承継でした。息子もいましたし、娘も近くにいたので、可能性としてはゼロではなかったのですが、息子は東京で自身のキャリアを積んでおり、娘も家庭を持ち、それぞれ自分の道を進むことを決めていたため、親族内承継の選択肢はなくなりました。そこから、事業所内の誰か、もしくは自分が社労士法人を作ってほかの社労士さんに継いでもらうか、県外の法人さんと一緒になるかなど、いくつかの選択肢を考えました。結論、さらに成長させてくれる次の世代の人にお願いしていくべきだろうと考え、M&Aを選択しました。65歳というのはあくまで自分のタイミングではあったのですが、家内を含めた職員にもかなり負担をかけていましたし、事務所のタイミング的にもそろそろ……という感じでした。
40年以上経営を続けてきましたが、雇用環境や社会情勢、法改正など、近年は想像以上に速いスピードで変化があり、事務所としても自分としてもキャパオーバーしてしまいそうなところがありました。それでも事務所が成長していかないと、職員にもお客様にも不安を与えてしまう。5年後、10年後の事務所の将来像を描くことがむずかしくなってきたという不安、そのような状況で事務所の将来を職員に示せなくなってきているのはやはりまずいと感じていました。これがあと3年後、5年後となっていくと、今の職員の雇用等も含めてさらに不安定な時期にってしまう可能性がある。やはり今がよい時期でした。
――小玉先生自身の理想の働き方はどんなものでしたか?
小玉: 顧問先にとっての「茶飲み友達」のような存在になりたいと思っていました。お客様との1時間くらいの雑談のなかで、息抜きしてもらいながら、商売のヒントやちょっとした悩みの解決につながるようなことをお話しする。
DX化などが進む世の中ですが、アナログのコミュニケーションも大切です。そういう時間を通して、経営者の皆さまの背中を押す存在でありたいというのが理想でした。𠮷村さんにはそういう働き方のスタンスも受け入れていただいて、本当に感謝しています。
――協心はもともと複数の事務所から成り立ったとお聞きしています。今回のM&Aまでにはどのような背景があったのでしょうか?
𠮷村: 1976年に関西エリアを中心としてできた、労働保険事務組合が協心の礎です。異なる事務所が集まったグループ組織のようなもので、最終的には4拠点にまで拡大したのですが、分散していた力を1つにしようということで、「協心」として2016年に法人化しました。ただ、協心を立ち上げようとしていた時期に当時の創業者が事故に遭ってしまったんです。今も存命ではあるのですが、経営には関われなくなってしまい、私を含む4名で立ち上げました。
そういう意味では協心の成り立ちは事業統合に近いですね。バラバラになっている拠点をどう活かすか、どう大きくしていくかを常に考えていました。そういう経験がベースにあることもあり、士業事務所M&A支援協会さんからM&Aのお話をいただいたときも、ぜひ前向きに検討させてくださいとお返事をして、今の結果になりました。
最初に小玉先生の事務所のノンネームシートを拝見したときは、「これは素晴らしい事務所だな」と感じました。規模感もあり、地域に根差している信頼ある社労士事務所だったからです。
𠮷村先生以外と所長面談をしなかった理由

――小玉先生は、所長面談の前に𠮷村先生のセミナーに参加されていたんですよね?
小玉: そうなんです。士業事務所M&A支援協会さんからご紹介いただいて、実は所長面談の直前にセミナーに参加していました。
𠮷村: 後々知ったんですが、実はいらっしゃったんですよね(笑)
小玉: だからある意味では先にお話を聞けてありがたかったです。事務所経営に関する講演でしたが、とても理想的だと感じました。そのあとの所長面談は「しまった」と反省しました。ほぼ私が一方的に話してしまったので……。
𠮷村: でも、聞きたかったことをすべてお話しいただいたのでありがたかったです。事業統合というものを、良くも悪くも少しわかっていたつもりではあったのですが、本当に大切なものは何かを思い出すことができました。お金のことや今後の運営のことなど、細かいことを気にされる方が多いと思っていたのですが、小玉先生からは事業の成り立ちですとか、「思い」の部分を深く聞けたのでハッとしました。事業統合というのは細かい条件の前にこうあるべきだなと改めて思いました。
小玉: 所長面談の場は、私の事務所のことをきちんとお伝えする大切な機会だと考えていたので、結果として一方的にお話をしてしまったのかもしれません。あくまで選ばれる立場でもありますので、やっぱりうちの事務所をしっかりと評価して、心から納得したうえで選んでいただける事務所さんと一緒になりたい。そういう思いを持って臨んでいました。
また、お会いしたときの「勘」も大事でした。直観のようなものでしょうか。実際にお話ししてみて、「この方なら」と確信できましたし、とにかく相性が合っていると感じました。経営指針書などを読ませてもらうと、「私が職員に言いたかったことはこれだ」というくらい共感できました。価値観なども通ずる部分が非常に多かったです。その後、ほかの所長には会いませんでしたから。
𠮷村: そうだったんですね! それは知らなかった……。たとえばトップ面談を何人かすれば、「ちょっとこの人は違うな」とわかると思うのですが、それをせずに、なぜ除外できたんですか?
小玉: 書面で概要をいただいた時点で、ある程度その事務所のことは想像できたので「ここはちょっとうちと合わないですね」と除外させていただき、かなり絞り込みました。だからやっぱり勘なのかもしれないです。私の場合はレアケースだと思いますので、もちろんいろんな方とお会いした方がよいとは思います。でも、それだけ
協心さんが魅力的で、社労士業を生業として事務所を運営していくうえで、「ここしかない」と思える事務所だったのだと思います。
自分ではなく、職員への思いに涙した調印式

――調印式での契約締結の瞬間はどのようなお気持ちでしたか?
𠮷村: 実は、私は調印式で涙してしまったんです。それは、小玉先生が契約書に署名するとき、最後までご自身のことではなく、職員のことを話されていたからでした。
「この統合は間違いない」と確信できました。M&Aは単なる事業の売却ではなく、職員の未来をつくるためのものなのだと、改めて実感した瞬間でした。「ただの茶飲み友達になりたい」なんて、所長面談時には軽くおっしゃっていましたが、調印式のときのお話はすべてが職員に対する気持ちであったので感銘を受けました。昨年10月の調印式から4カ月、まだまだ引き継ぎはこれからという時期ですが、あの日感じた気持ちは間違っていなかったと思います。
小玉: 調印式で形式上は一区切りではありましたが、M&A自体は契約書にサインをして終わりではないので、まさにここからだなと感じました。事務所が今後より成長・発展するためのM&Aですから、職員にも顧問先にも「よかった」と思ってもらいたいですし、相乗効果を生んでいきたいです。
――最後に、M&Aを検討している、悩まれている先生方へメッセージをお願いします。
小玉: 「5年後、10年後、このままだと職員はどうなる?顧問先はどうなる?」といった不安と思いから、この決断に至りました。もしも私になにかあったら、職員は路頭に迷ってしまう。所長お一人の個人事務所だと話は変わってくるかもしれませんが、それなりに職員や顧問先を抱えている事務所は、その人たちのことを第一に考えた方がよいと思います。そこから自分がどうしたいのか、という順番で考えるとよいと思います。
𠮷村: ケースバイケースだと思うので一括りにするのはむずかしい部分もあります。事務所の5年先、10年先のことなんて……と考えると、つい後回しにしてしまう方が多いとは思いますが、5年、10年先なんてもう待ったなしで、今すぐにでも行動しなければならないという強い危機感があります。まずは「早く動きだす」ということが何よりも大事だと思います。