「今」がベストタイミング 背中を押した身近な人たちの言葉

社会保険労務士法人
マーシャル・コンサルティング
上岡 由美子先生
| 開業年 | 2004年 |
|---|---|
| 顧問先数 | 約35件 |
| 職員数 | 5名 |

太陽グラントソントン
社会保険労務士法人
三谷 忍先生/神井 俊哉先生
| 開業年 | 2002年 |
|---|---|
| 顧問先数 | 約100件 (譲受前) |
| 職員数 | 30名 |
両親の急逝、事務所を取り巻く環境の変化、サイバー攻撃…。公私の限界でM&Aを考えるも決意しきれずにいた上岡由美子氏。躊躇う背中を押してくれたのは、身近な人のある言葉だったという。経営者として最後の責任と、覚悟の軌跡に迫る。
「本当に良かったのか」調印式を前に募る不安

――上岡先生は、いざM&Aを進めていくなかで、どのようなお気持ちでしたか?
上岡: 三谷先生や神井先生は本当に誠実な方で、これ以上ないご縁だと思っていました。ただ、契約が進み、調印式の日が近づいてくるにつれて、職員やお客様がどんな反応をするのか、大きな不安が押し寄せてきたんです。そこで、息子にお願いして調印式直前に太陽グラントソントンさんのオフィスが入るビルまでついてきてもらいました。建物の中には入れなかったのですが、二人で高層ビルを見上げていると、「こんなすごいビルに入っている法人さんに手を挙げてもらえたんだから、みんな絶対に分かってくれるよ」と、息子が言ってくれたんです。その言葉を聞いた瞬間、涙があふれて止まらなくなりました。M&Aをすると決断してからも、頭では理解できていても、心の中では「これで本当に良かったのか」と、何度も自問自答していました。でも、息子の言葉をきっかけに、心持ちが大きく変わったんです。これは職員やお客様の未来を守るための前向きなM&Aなのだと。
譲渡側・譲受側のそれぞれの思い

――その大きな覚悟の背景と、事業承継を意識し始めた時期を教えてください。
上岡: きっかけは大きく3つあります。時系列で言うと、私自身の起業への思い、親の急逝、使用しているシステムのランサムウェア被害です。5年ほど前から経営の肩の荷を下ろし、一から起業したいという思いが強くなっていました。そんななか、事業をしていた父親が急逝したことで、経営者に万が一のことがあった場合、職員やお客様に迷惑をかけてしまうと痛感しました。加えて3年前、母親を看取った直後にランサムウェア被害に遭ってしまったんです。実際に情報漏えいが確認されたわけではありませんでしたが、お客様からは損害賠償の可能性や対応方針について厳しい質問を受け、対応に追われ、個人情報を取り扱うビジネスの怖さを身をもって味わいました。いろんなことが積み重なって心身の限界を感じ、目の前が真っ暗になってしまったんです。「このままではよくない」と、それ から事業承継について本格的に考えるようになりました。
――事業承継を意識するようになってから決断するまでの間、どのようなお気持ちでしたか?
上岡: 開業当時から「盤石な事務所づくり」にこだわってきました。職員やお客様が増えていくにつれ、その思いは強くなっていたので、経営基盤がしっかりとした法人への承継を前提に考えていました。もともとM&Aに対して良いイメージを持っていたものの、ゼロから立ち上げた事務所を手放すのは心情的に本当に難しくて……。そこで、実際にM&Aをされた方のお話を伺いに京都や埼玉など全国を飛び回ったのですが、それでも決断できずにいました。そんなとき、信頼している相談相手から「5年後、上岡先生は5歳年を取ります。職員の皆さんも5歳年を取ります。上岡先生はいつ決断したいですか?」と言われたんです。その言葉が胸に深く突き刺さりました。変化の激しい社労士業界のなかで、正直、5年先の状態は今より厳しいかもしれない。ならば、経営者として責任を持って引き継ぎができる今がM&Aをするベストなタイミングだと決心しました。以前から関わりがあった士業事務所M&A支援協会さんに相談してみたところ、直ぐに事務所まで駆けつけてくれました。
――譲り受けを決意した理由を教えてください。
三谷: 弊社は、世界150カ国以上に展開する会計事務所ネットワークである「グラントソントン・インターナショナル」の日本におけるメンバーファームです。そのなかの日本における社労士法人として活動していますが、私たちとしてはこれが初めてのM&Aだったんです。私たちのクライアントは9割5分が外資系企業です。基本的に、日系企業に対する報酬の価格帯に、英語でのサービス提供という付加価値が上乗せされます。そのため、日系企業を主力としている事務所さんとのM&Aは、当社の組織基盤では難しい面もあると考えていました。ですが、士業事務所M&A支援協会さんからお相手の情報をいただいた際、外資系に特化していることや所在地が横浜であることなど、求める条件も総合的に合致していましたので、詳しくお伺いしたいと思い、エントリーさせていただきました。
神井: 実は、上岡先生とは2011年頃にJETRO(日本貿易振興機構)の士業専門相談員を務めていた際に面識がありました。業務内容やクライアントの共通点も多くあったので、当時から連携できることがあればと思っていたんです。そんななかで、今回のお話をいただいてトップ面談まで進んで上岡先生だと分かり、「またお会いできるなんて運命的だ!」と率直に嬉しく思いました。
変わることを明確に変わらぬ安心を伝える

――職員や顧問先の方々に伝えたときの反応はどうでしたか?
上岡: 非常に驚いていました。「なぜ今まで黙っていたんですか!」と、ご立腹されるお客様や、不安をあらわにする職員もいました。私は、相手が一番不安に思っていることは何か、どう解決していくか、それだけを伝え続けました。お客様には「当面は担当者や連絡先、システムも変わりません」と。また、私が担当しているお客様については、「1年間は私がしっかりとサポートしていきます」と伝えました。結果、ほぼ全件、同意していただくことができました。職員に対しては、自分の雇用や労働条件、担当のお客様がどうなるのかなど、すぐに変わるものと一定期間を置いてから変わるものに分けて見通しを立て、一つひとつ丁寧に説明していきました。
――職員の皆さんは、太陽グラントソントンさんのことをご存じだったのでしょうか?
上岡: 世界的に展開していることは知っていたようです。ただ、実際にどういう組織なのかは、三谷先生と神井先生から詳しく説明ををしていただきました。そのうえで私から、世界的規模で展開する法人に在籍して経験をつむことは、自身のキャリアに箔がつくことだと伝えました。
三谷: 私と神井さんとで旧マーシャルの皆さんとは個別面談を何度か実施しました。雇用はなるべく変わらない形で継続させていただくことなど、不安に思われていそうなことは改めて丁寧に説明しました。
――引き継ぎのなかで課題に感じていることはありますか?
三谷: やることは多岐にわたりますが、上岡先生と協力してスムーズに進めています。課題というよりも、M&Aをきっかけに暗黙知だった社内ルールを明確化できたことはいい変化でした。たとえば、郵便の発送方法などの細かい業務や資料などをデータベース化して明文化しました。
神井: システムやデータの移行方法は課題になると感じています。お客様のデータはもちろん、社内の手続きを含むさまざまな情報を管理するシステムがあるので、使い慣れるまでは大変だと思います。少し戸惑いが垣間見えることもありますが、旧マーシャルの皆さんはとても協力的で、本当に助けられています。
「心理的安全性」を高める関係づくりが大きなカギ
――M&Aを成功させる秘訣は何だと思いますか?
上岡: 譲渡側・譲受側の双方が「統合して良かった」と思えるM&Aは3割ほどといわれているようですが、多くの方を巻き込む以上、「絶対に成功させなければ!」と思っていました。後継者の立場や心情を理解したくて、30冊以上のM&Aに関する本を読んで勉強しました。そのなかで、職員と後継の経営者の方との関係構築が何よりも大事だということに気がついたんです。そこで絶対に必要なのが、『心理的安全性』です。職員が安心して働ける環境があってこそ、新たな組織にも定着して本来の実力を発揮することができる。心理的安全性を高めるには、日頃のコミュニケーションの積み重ねが大切です。今回、お2人がこまめに声をかけてくださっているので、職員たちも安心できていると思います。
三谷: 上岡先生が私たちに一任してくださったことは、引き継ぎを進めるうえで非常にありがたかったです。
上岡: 職員には「今後何かあったら必ず三谷先生に聞いてください」と伝えました。突き放すようですが、いつまでも私に頼るのは構造的に良くありません。自分がいなくてもよい状態になるのは、少し寂しいことですが、それはバトンタッチが上手くいっているということだと捉えています。
――今回のM&Aを通じて感じたことを教えてください。
神井: 目先の規模拡大といった目的だけでは、失敗するリスクをはらんでいます。お互いが長期的なビジョンを持っているかどうかが重要であると感じました。
三谷: 6月の調印式から9月の譲渡開始あたりは、社内やお客様への対応に追われていました。神井さんと二人だったからこそ、業務が回った部分はあると思います。譲り受け側は余裕のある体制をつくることも大切といえます。
上岡: 経営者として最後の仕事を全うするために、何が最善なのかを考え抜くことが大切だと思います。私の場合、外資系企業に特化していることもあり、万が一私に何かあったとしても、知り合いの先生にお客様を担当していただくのは簡単ではありません。だからこそ、M&Aという選択肢に向き合う必要があると考えていました。とはいえ、本を読んでも、体験談を聞いても、私の心はずっと揺れ動いていました。そんな私の背中を押してくれたのは、「いつ決断したいですか」と問いかけてくれた相談相手のひと言、そして息子がかけてくれた励ましの言葉。その温かさに救われたからこそ、私は経営者としての最後のバトンを、今こうして最高の形でお二人につなぐことができたのだと思っています。
担当コンサルタントMEMO

特化事務所の理想的なM&A
外資系企業を専門に対応されている社労士事務所で、ニッチな分野ゆえに買い手がなかなか見つからないのではないかというご不安がありました。しかし、同じ外資系企業を専門とし、規模が大きく基盤のしっかりした譲受事務所とのご縁をつなげられたことで、職員の皆様にとってのキャリアアップの機会となり、顧問先様にとっても安心感を提供できる理想的な譲り渡しを実現することができました。専門特化型のご事務所でも、これまで数多くのM&Aを実現してきましたので、まずは一度、ご相談ください。(担当/西澤)
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