税理士事務所のM&Aスキームを解説!良くある失敗例と対策をご紹介

税理士事務所のM&Aスキームを解説!良くある失敗例と対策を紹介します

近年、後継者不在や所長の高齢化を背景に、M&Aによる事業承継を検討する税理士事務所が増えています。

しかし、適切なM&Aスキーム(手法)を選ばずに進めてしまうと、顧問先の離脱や想定外の債務引継ぎなど、深刻な問題が発生するリスクが高いです。

M&Aは「どのスキームを選ぶか」によって、手続きや交渉内容が異なります。

本記事では、税理士事務所のM&Aにおける主要な3つのスキームの違いや選定基準、よくある失敗と対策について、詳しく解説します。

税理士事務所におけるM&Aが増加傾向にある理由

税理士事務所において、M&Aによる事業承継や組織再編が急増中です。

背景には、後継者不在や経営環境の変化といった、避けがたい問題があります。

ここでは、M&Aが増加している理由について詳しく解説します。

  • 所長の高齢化と後継者不足が進んでいる
  • 競争激化と顧問料の下落による経営難
  • DX(デジタル化)への対応が遅れている
  • 優秀な人材の確保を目的としている

所長の高齢化と後継者不足が進んでいる

国税庁の統計によれば、税理士登録者数は増加しているものの、新規参入者は減少傾向です。(参考:税理士制度

実際、税理士の年齢構成は偏っており、40代以上が全体の約9割を占め、60代以上も半数を超える状況です。(参考:令和2年国税調査

高齢の所長の引退時期が迫る一方、後継者候補が見つからず、事業承継が行き詰まる事例が増えています。

このような背景から、第三者への承継手段であるM&Aが注目されており、税理士事務所の存続と発展を両立させるための選択肢として採用されています。

項目内容
年齢構成の現状40代以上が約9割、60代以上が過半数
高齢化が業界全体で顕著
資格受験者の減少新規参入が難しく、若手人材が不足
税理士試験の受験者数は減少中
承継の難しさ職員も資格取得に時間がかかり、後継者確保が困難
親族承継は限定的
M&Aの意義後継者不在でも税理士事務所を承継でき、顧客との信頼関係や雇用の維持が可能となる手段

後継者不足は一税理士事務所の問題ではなく、業界全体が直面する問題です。M&Aは廃業を避け、税理士事務所の価値を次世代につなげる選択として、多くの税理士が検討を始めています。

競争激化と顧問料の下落による経営難

税理士業界では、報酬の自由化やIT技術の進展に伴い競争が激化し、従来の収益構造が変化しています。

中小規模の税理士事務所は、価格の引き下げ圧力や固定費の負担によって、安定した経営が難しい状況です。

従来は税理士会による報酬基準がありましたが、規制緩和後は完全に自由競争となり、顧問料の下落が常態化しました。

こうした中、M&Aによって大手事務所の傘下に入り、経営基盤を強化する動きが増加。

M&Aによる経営統合によってコストを削減し人材を確保することで、付加価値の高いサービスを展開し、競争力を維持・強化する戦略が現実的な選択肢となっています。

項目内容
報酬自由化の影響規制撤廃により価格競争が激化
顧問料の引き下げが常態化
収益構造の変化記帳代行の需要減・低価格サービスの増加
既存業務の利益確保が困難
小規模税理士事務所の苦境価格競争に対応できず、固定費負担が経営を圧迫
M&Aによる競争力強化統合でコスト削減・人材確保・高付加価値化を実現し、安定経営を目指す動きが増加

税理士業界では今後も価格競争が続くと見られ、「単独での運営には限界がある」と判断する所長が増加しています。

DX(デジタル化)への対応が遅れている

税理士事務所業界では、クラウド会計ソフトや電子申告の普及により、急速なデジタル化(DX)への対応が求められています。

顧客からは「オンライン相談」や「電子書類への対応」といった利便性が求められ、対応が遅れる事務所は競争力を失うおそれがあります。

一方、小規模税理士事務所では、DXに必要なIT投資や専門人材の確保が難しく、最新システムの導入や業務効率化が進まず、取り残される事例が増加中です。

このような背景から、M&Aによって大手事務所のノウハウや設備を活用し、効率的にDXを進める動きが広がっています。

項目内容
必要なDX対応クラウド会計・電子申告・リモート対応・デジタル書類対応など多岐にわたる要件
中小税理士事務所の課題資金不足やIT人材不在により、システム導入や運用が難しく対応遅れが顕著
顧客側の期待と圧力オンライン対応・利便性向上への要求が高まり、対応不足は顧客離れにつながる
M&AによるDX強化統合による投資効率化・ノウハウ共有・IT基盤の整備で、迅速かつ効果的な対応が可能

DX対応は、税理士事務所の存続と発展に不可欠な基盤です。M&Aにより大手のリソースを活用し、効率的にデジタル化を進めることで、顧客満足度と事務所の競争力を高められます。

優秀な人材の確保を目的としている

税理士試験の合格者数は年々減少しており、有資格者や実務経験者の採用競争が激化しています。

小規模税理士事務所は、給与・福利厚生・成長機会の面で大手に劣っており、若手人材の流出リスクが高まっているのが現状です。

そのため、他の税理士事務所の優秀な人材を一括して獲得する動きが広がっています。

M&Aにより人員不足を解消するとともに、組織力を強化できるため、コスト面と戦略面の両方で大きなメリットがあります。

項目内容
有資格者の確保難税理士試験の合格者減少で若手人材が希少化、採用競争が激化
人材流出リスク転職しやすい業界構造のため、待遇・成長環境が整っていないと人材が流出しやすい
小規模税理士事務所の課題給与水準や育成力で大手に劣り、人材の採用・定着に苦戦
M&Aによる人材獲得経験者を含む人材を一括確保でき、定着率向上にも効果あり

M&Aは人材不足を抜本的に解決し、将来にわたり経営基盤を強化する手段として効果的です。「採用に頼らず、M&Aによって確実に人材を確保する」という視点が、業界内で注目されています。

税理士事務所のM&Aで選ばれる主なスキーム(手法)3種

税理士事務所のM&Aでは、目的に応じて最適なスキーム(手法)を選ぶことが大切です。

主なスキームとしては「事業譲渡」「法人合併」「持分譲渡」の3つがあります。

スキーム名顧問契約の切替引き継ぐ資産譲受側の負担顧客・職員への影響
事業譲渡必要選択可譲受内容による離脱リスクあり
合併不要全部引継ぎ大きい離脱少ない
持分譲渡不要全部引継ぎ資金力必要離脱は少ないが譲渡先限定

それぞれのM&Aスキームには異なる特徴、メリット、デメリットがあります。

税理士事務所の状況や所長の意向により適切に選びましょう。

ここでは、各スキームの詳細について解説します。

  • 事業譲渡
  • 法人合併
  • 持分譲渡

事業譲渡

事業譲渡は、譲渡側税理士事務所の経営権を手元に残したまま、税理士事業の運営権(各顧問契約)を譲受側に引き渡すM&Aスキームです。

他のM&Aスキームとは違って、譲渡・譲受対象を協議のうえ個別に決められる特徴があります。

事業譲渡は自由度の高いM&Aスキームである反面、関係者全員の同意が必要で、手続きの煩雑さや信頼維持への配慮が不可欠です。

なお、個人事業主の税理士が運営する税理士事務所がM&Aをする場合は、法人格を持っていないために「事業譲渡」しか選択肢がありません。

事業譲渡は譲渡側・譲受側それぞれにメリットがありますが、手続き面の負担や顧客・人材の流出リスクに注意しましょう。

項目内容
譲渡対象顧問契約・雇用契約・営業資産など「事業の一部」
法人格や過去の負債は含まない
メリット不要資産を切り離して譲渡可能
税務・債務リスクを回避
譲受側の安全性が高い
デメリット顧客・職員との契約切替が必要
顧客離脱リスクがある

手続きが煩雑
税務上の留意点「譲渡対象に消費税課税資産があれば譲受側に消費税が課税
譲渡益に法人税が課税

債務リスクを回避できる安全性の高い手法ですが、顧客や人材との信頼関係の移行が重要となるため、丁寧な引き継ぎ計画が不可欠です。

特定の事業だけを切り離して売却したい場合や、譲受側のリスクを最小限にしたい場合におすすめです。

法人合併

税理士事務所同士が経営統合する際に採用される代表的なスキームが「法人合併」です。

一方の税理士事務所が存続し、もう一方の税理士事務所が消滅する「吸収合併」が一般的で、すべての権利義務が包括承継されることが大きな特徴です。

法人合併での譲受側は、顧問契約や職員の雇用契約をそのまま引き継げるため、顧客や人材の離脱リスクを抑えながらスムーズに統合できます。

そして、経営資源の一元化により業務効率化やコスト削減も期待できます。

しかし、包括承継である法人合併は、事業譲渡のように取引対象を選別できないため、負債や税務上のリスクも引き継がざるを得ません。

合併前のリスク調査(デューデリジェンス)および契約内容の確認が肝要です。

また、業務システムや組織の統合、各種規定や労働条件の統一化など、M&A後のPMI(Post Merger Integration=経営統合プロセス)が重要になります。

項目内容
合併形態契約・許認可を含め、すべての権利義務を一括承継
吸収合併が一般的
メリット契約切替不要で顧客・職員の離脱リスクが低い
業務効率化・固定費削減が可能
デメリット負債・税務リスクもすべて承継
企業文化の摩擦リスクあり
法的手続きが煩雑

法人合併は、契約関係の維持と統合効果の高さを両立できますが、同時に全債務を引き継ぐ責任を伴います。

「組織力の強化」「競争力の向上」を目指す場面では有効ですが、慎重な準備と徹底したリスク管理の下での実行が不可欠です。

持分譲渡

税理士事務所のM&Aで独特のスキームが、「持分譲渡」です。

税理士事務所の設立方法は一般の株式会社と違い、2名以上の税理士が所長(株式会社の代表取締役に該当)となって成立します。

所長は、税理士事務所の設立に伴って出資を行っており、その出資持分を外部の税理士に譲渡するのが持分譲渡です。

税理士事務所の法人格はそのまま維持されるため、顧問契約や事業運営に変更はなく取引先や職員への影響を抑えて引継ぎできます。

ただし、出資持分は税理士資格を持つ個人にしか譲渡できません。

譲渡先が限定されるうえ、M&Aの対価は高額となる場合が多いため、譲受側には一定の資金力が求められます。

項目内容
スキーム概要出資持分を税理士個人に譲渡し、法人格を維持したまま経営権を移転
メリット契約切替不要で事業継続できるい
手続きコストも比較的安い

手続きが簡便
デメリット譲渡先は税理士に限定
高額譲渡の可能性あり
債務リスクも承継する

持分譲渡は、税理士事務所の運営を維持しつつスムーズに承継したい場合に向いています。

そのため、譲渡先の制約、資金負担、リスク承継の課題を考慮し、事前の慎重な交渉と価格設定が不可欠です。

「後継税理士が決まっているケース」や「事業継続を重視したいケース」におすすめです。

税理士事務所におけるスキーム選定の判断基準は?

M&Aスキームを選ぶためには、複数の判断基準を総合的に検討することが大切です。

税理士事務所の現状分析から始まり、譲渡後の関与意向まで、様々な要素を考慮してスキームを決定します。

以下では、スキーム選定の主要な判断基準について詳しく解説します。

  • 税理士事務所の規模や顧客との関係性を確認
  • 引き継ぎたい資産や契約の有無を確認
  • 売却希望価格と交渉のしやすさを確認
  • 売却後の関与を希望するかどうか確認

税理士事務所の規模や顧客との関係性を確認

税理士事務所のM&Aでは、スキームの選定において「事務所の規模」「顧客との関係性」によって、選択肢が異なります。

税理士事務所ごとに異なる状況を踏まえた適切なスキームの選定がM&A成功の鍵です。

例えば、譲渡側が小規模な税理士事務所であれば「事業譲渡」が柔軟で扱いやすく、事業規模の拡大を目的とするM&Aであれば税理士事務所同士の「合併」、税理士事務所の経営を後継者に承継する場合は「持分譲渡」が用いられます。

顧客が税理士個人に信頼を寄せている場合は、契約切替による顧客離脱リスクに配慮し、業譲渡以外のM&Aスキームを選択するとよいでしょう。

判断要素内容
税理士事務所の規模譲渡側が小規模なら柔軟な「事業譲渡」が有力

中〜大規模法人なら「合併・持分譲渡」が中心
顧客との関係性契約切替に注意する場合は「合併」または「持分譲渡」

「事業譲渡」では丁寧な引き継ぎが必要
顧客の契約構造法人顧客中心:どのスキームでも対応可

個人顧客中心:信頼維持を優先し慎重に選定

M&Aスキーム選定では、形式にとらわれず、自法人の実情に即した最適な手法を選択しましょう。

顧客構造や契約形態を正確に把握することで、M&A後のトラブルの回避や円滑な事業承継の実現につながります。

引き継ぎたい資産や契約の有無を確認

どの資産・契約を引き継ぐかによって、最適なスキーム(事業譲渡・合併・持分譲渡)は大きく異なります。

M&Aの譲受側が不要な顧問先や設備を引き継がずに切り離したい場合は「事業譲渡」がおすすめです。

反対に、すべての契約や資産を包括的に引き継ぐ場合には、「合併」や「持分譲渡」が適しています。

判断対象内容適したスキーム
引き継ぎたい資産顧問契約、職員、設備、会計ソフト、顧客データなど全て:合併・持分譲渡
選別:事業譲渡
避けたい負債・リスク簿外債務、税務リスク、係争案件、不良債権事業譲渡(リスク除外が可能)
契約の承継可否賃貸借契約、リース契約、保険契約などの承継条件と承諾の有無承継条件次第(スキームに関わらず確認が必要)

事務所の賃貸借契約やシステム利用契約の承継可否は、事業継続に直結する重要なポイントです。

これらの契約条件を早期に確認し、譲受側・譲渡側双方のリスクを最小化することが求められます。

M&Aスキーム選定では、「何を引き継ぐか・何を除外するか」を明確にしたうえで、事業継続性とリスク対策のバランスを慎重に見極めましょう。

売却希望価格と交渉のしやすさを確認

売却価格を最大限有利にし、交渉を円滑に進めるには、スキームごとの価格算定方法や税負担の違いを把握しましょう。

M&Aの譲渡側において最終的に手元に残る金額は、同じ売却価格でもスキームによって税額に差が出ます。

M&A交渉は、各スキームごとに細かな内容は異なるものです。その中で持分譲渡は、譲渡額をいくらにするかに交渉が集約するため、比較的シンプルな交渉といえるでしょう。

なお、M&A支援機関と業務委託契約をしていれば、支援機関がM&A交渉を代行または仲介するため、当事者が直接交渉する負担はありません。

比較項目事業譲渡合併持分譲渡
価格算定方法譲渡する有形資産の時価評価+無形資産の評価各法人の企業価値評価+合併比率の決定持分の時価評価
課税内容譲渡側:法人税
譲受側:消費税課税資産に対する消費税
譲渡側:所得税・住民税
非適格合併の場合、譲受側に法人税が発生
譲渡者個人に分離課税(株式の譲渡所得と同じ扱い)
交渉の難易度資産ごとに評価・交渉が必要合併比率・組織統合・体制整備など複雑な交渉が必要交渉対象が限られているため比較的シンプルに交渉可能

課税内容の影響は軽視できず、売却価格だけでなく「手元に残る金額」で比較検討することが大切です。

また、事業譲渡でM&Aの対価を受け取るのは法人ですが、合併や持分譲渡では所長が対価を受け取ります。

価格・課税内容・交渉の3つの視点を総合的に考慮し、自法人にとって最も有利なスキームを選ぶことが、M&A成功への近道です。

売却後の関与を希望するかどうか確認

譲渡側の税理士事務所所長が完全引退を希望するなら、スムーズに事業から離れられる「持分譲渡」がおすすめです。

M&A後も、顧問先や職員のために引き継ぎ支援を行いたい場合は、柔軟な関与が可能な「合併」が適しています。

以下に、関与の希望によって適するM&Aスキームと特徴や注意点についてまとめました。

関与の希望適したスキーム特徴・注意点
完全に引退したい持分譲渡事業から完全に離れられる
リスクを持たずに早期リタイアが可能
一定期間は関与したい合併/持分譲渡顧問や相談役として残留可
契約書で報酬や業務範囲、期間を明確に設定し、引き継ぎ支援がしやすい
組織の一員として継続合併統合後の新体制に所長として参加可能
事業成長や経営に引き続き関与したい場合に適している

関与を希望する場合は、「業務内容」「期間」「立場(所長・顧問など)」を明確にし、契約書に報酬条件とともにを必ず明記することが重要です。

売却後の関与意向は、スキーム選定・契約交渉・譲渡後の働き方すべてに影響します。

なお、事業譲渡の場合、手元に税理士事務所が残っており、事業の再開が可能です。

将来像を具体的に描きながら、自分に合った関与スタイルを基に適切なM&Aスキームを検討しましょう。

M&Aのスキーム選定でよくある失敗例と対策

M&Aのスキーム選定を誤ると、思わぬトラブルが発生するおそれがあります。

ただし、事前に失敗例や原因を知ることで、M&Aのリスクを大幅に軽減することが可能です。

税理士事務所のM&Aで発生しやすい主な失敗例と、回避するための対策について解説します。

  • 契約切替で顧問先が離れた
  • 想定外の簿外債務を引き継いでしまった
  • 譲渡後に経営方針の違いでトラブル発生
  • アドバイザーを通さず進めて交渉が難航する

失敗例①:契約切替で顧問先が離れた

顧問契約の切替を伴うM&Aでは、事前準備が不十分だと顧客離脱につながりやすく、収益性や売却価値に大きな影響を与えます。

「事業譲渡」では、既存の顧問契約を一度解約し、譲受側との新契約を結ぶ必要があるため、顧客側に心理的負担が生じます。

典型的な失敗事例

ある税理士事務所の事業譲渡では、顧客への説明が不十分だったために約30%もの顧問先が離れてしまうという事態が発生しました。突然の担当法人変更の通知に多くの顧客が不安を覚えたのです。結果的に譲受側は期待した収益を得られず、M&Aは失敗に近い結果となってしまいました。

このようなトラブルを回避するには、引き継ぎ計画と丁寧な説明体制の準備が不可欠です。

以下に、失敗してしまう典型的パターン対策と、その対策をまとめました。

項目失敗の原因対策
顧問契約の切替事業譲渡により再契約が必要 → 顧問先が「この機に契約を見直したい」と離脱計画的に顧客へ説明し切替手続きをサポート
メリットも具体的に伝える
顧客対応通知のみで詳細説明なし → 顧問先がM&Aの背景や今後の対応を理解できず不安を抱く新担当者との面談を通じて信頼感を醸成
優良顧客から順に個別説明
引き継ぎ体制旧担当者が関与せず → 新体制に不安を感じた顧客が離脱旧担当者が一定期間関与し引継ぎを支援
専用窓口設置でフォロー強化

トラブルを回避するためには、顧客に「信頼関係はそのまま維持される」と納得してもらうことが肝要です。

信頼関係を損なわないためにも、一方的な事務的手続きで済ませず、「誰が・いつ・どう引き継ぐか」を明確・丁寧に伝えましょう。

顧問先の維持は売却後の安定収益だけでなく、M&A全体の価値評価にも直結するため、早期からの説明準備と丁寧な実施が失敗回避の鍵です。

失敗例②:想定外の簿外債務を引き継いでしまった

税理士事務所の合併や持分譲渡では、譲受側が簿外負債を含めたすべての資産・義務を引き継ぐため、後から発覚すると深刻な負担が発生します。

簿外債務は、譲渡側の税理士事務所自体も気づいていないケースも多いことに注意しましょう。

典型的な失敗事例

ある税理士事務所が他の税理士事務所を吸収合併した結果、約1,800万円もの簿外債務が後日判明しました。具体的には、過去の税務調査による追徴課税、未払残業代、顧客との損害賠償案件などであり、譲受側の想定を大きく超える出費が発生。この影響で、当初見込んでいた投資回収は大幅に遅延し、合併による収益向上効果は事実上、無効となりました。

こうした失敗を防ぐには、「徹底した事前調査(デューデリジェンス)」と「契約上のリスク対策」が不可欠です。

項目失敗の原因対策
デューデリジェンス財務資料の表面確認のみで、会計・税務・法務・労務調査の深掘りが不足会計・税務・法務・労務の専門家を起用
各領域の詳細調査を実施
リスク情報の収集所長によるヒアリングのみで、税務調査歴や未払金の有無などを未確認過去の税務調査・訴訟歴・債務明細などを精査
隠れリスクを定量化・可視化
契約交渉リスクを価格に反映せず、契約書に表明保証や補償条項が不備のまま契約締結契約書に表明保証・補償条項を明記
発見したリスクを減額交渉に反映
譲渡側責任を明確化

M&Aのリスク対策の実務ポイントは2つです。

  • 「見えない債務」を発見するための専門家による徹底調査
  • 想定外の見つかったリスクが発覚した場合に備えて契約書を作成・締結

M&A契約書における表明保証条項は、M&A成立後に問題が判明した場合に、譲渡側へ補償を求める根拠となる重要な条項です。

コストや手間を惜しまず、M&A規模に応じた調査と契約書作成を徹底することが、成功のための必須条件といえます。

失敗例③:譲渡後に経営方針の違いでトラブル発生

M&A後も税理士事務所に残る関係者間で経営方針の違いがあると、顧客離れや職員の離職といった問題につながるおそれがあります。

典型的な失敗事例

税理士事務所Aが経営権を譲渡後、新経営陣が「業務効率化と利益重視」を全面に打ち出しました。しかし、旧来の「顧客密着型」方針とのギャップが大きく、主要顧客の約40%が契約を解除。信頼関係で支えてきたベテラン社員の離職も相次ぎ、事業の維持自体が困難となりました。

このようなトラブルは、M&A交渉の段階で経営ビジョンや統合プロセスについて十分に協議しなかったことが主な原因です。

項目失敗の原因対策
経営理念・方針利益優先で改革を急ぎ、譲渡側が重視してきた顧客対応・職場文化を軽視交渉段階で理念・方針を共有
段階的な方針変更で双方が合意形成
統合プロセス統合後すぐに業務ルールや人事制度を変更し、職員が混乱PMI計画を共同で策定
移行期間(1〜2年)を設け段階的に実行
顧客・職員対応担当変更・人事異動をトップダウンで実施し、信頼関係を損なって離脱を招いた顧客・職員に変更理由を丁寧に説明
重要顧客やキーパーソンの対応継続を重視

「人の信頼関係」や「組織文化」は、M&A後の成功を左右する極めて重要な要素です。

税理士事務所では、顧客との関係性や職場の信頼構築が事業価値の根幹を成しています。

M&Aを成功させるには、「M&A交渉におけるトップ面談での価値観共有」「譲渡後の譲渡側所長の役割・関与期間の明確化」「統合(PMI)計画の早期策定と着実な実行」がポイントです。

譲渡側・譲受側双方が「共通のゴール」を認識し、相互に尊重し合う関係を築くことが、円滑なM&Aの実現につながります。

失敗例④:アドバイザーを通さず進めて交渉が難航する

専門アドバイザーを通さずに進めたM&A交渉が、結果として時間・コスト・信頼の損失に直結するケースは少なくありません。

税理士事務所同士のM&Aでも、当事者間の直接交渉が感情的な対立を招き、交渉の長期化や破談に至る事例が多く見受けられます。

典型的な失敗事例

ある税理士事務所が引退を考え、M&Aを検討しました。同業者の税理士事務所に相談したところ、事務所の規模や顧客層が似ていたため、M&Aの交渉をM&Aアドバイザーを介さずに進めました。しかし、両者ともM&Aの経験がなく、専門的な知識も持ち合わせていなかったため、交渉は難航し、最終的に破談となりました。

このような失敗の多くは、「M&Aアドバイザーを使わなければ費用を抑えられる」という無用な節約意識に起因します。

項目失敗の原因対策
交渉の停滞感情的な対立により冷静な判断が困難。論点が整理されず、時間が無駄に経過する専門アドバイザーを交渉仲介役とし、客観的な交渉環境を整える
価格評価の対立双方が法人社に有利な主張を繰り返し、客観的基準がないまま交渉が平行線になる第三者による企業価値評価を依頼
合理的な価格基準の下で交渉を進める
契約・リスク対応重要リスクを見落とし、契約書作成段階で問題が発生。対処に時間と信頼を失う早期に弁護士・公認会計士らと連携
契約前からリスク管理体制を整備

M&Aは、専門的な知識と経験が求められる取引です。

税務の知識だけでは、M&A交渉をスムーズには進められません。

経験豊富なM&Aアドバイザーのサポートを得れば、円滑な交渉、適切な企業価値評価、トラブルの予防などが実現し、M&Aの成功確度を大幅に高められます。

M&Aアドバイザーへの報酬はコストではなく、失敗を防ぎ、成果を最大化するための投資と捉えましょう。

税理士事務所のM&Aを円滑に進めるポイント

税理士事務所のM&Aを成功させるためには、事前準備から統合完了まで、各段階でポイントを押さえることが大切です。

適切なプロセスを踏むことで、関係者全員にとって満足度の高いM&Aを実現できます。

ここでは、M&Aを円滑に進めるための4つのポイントについて詳しく解説します。

  • M&Aの目的と譲渡後の関与の整理を行う
  • 最適なM&Aスキームを選ぶ
  • 税理士事務所業界に精通したM&Aアドバイザーの支援を受ける
  • 顧客・職員への丁寧な説明と統合計画を行う

M&Aの目的と譲渡後の関与の整理を行う

税理士事務所の譲渡側がM&Aを成功させるためには、「何のためにM&Aを実施するのか」「譲渡後にどのような関わり方を希望するのか」を明確に定めておくことが必要です。

目的や関与方針が曖昧なまま進めてしまうと、スキームの選定や譲受側との交渉で一貫性を欠き、結果的に理想的な成約が実現しにくくなります。

税理士事務所におけるM&Aでは、所長個人のライフプランとも密接に関係するため、早期に意思を整理しておきましょう。

整理すべき内容検討ポイント活用場面
M&Aの主目的後継者問題の解決・事業拡大・早期引退・負担軽減などスキーム・譲受側選定の基準になる
譲渡後の関与レベル完全引退・段階的引退・顧問として関与など関与期間・役割・報酬などを契約に反映
成功の判断基準売却価格・顧客継続率・職員定着率・譲渡後の組織成長など契約条件や交渉時の目標設定に活用

関与方針にのっとって、「どの業務に」「どのくらいの期間」「どのような立場で」関わるかを具体化し、契約書に明記する必要があります。

顧問業務においては信頼関係の引き継ぎが重要であり、旧所長の関与が顧客満足度の維持に資するといえます。

最適なM&Aスキームを選ぶ

M&Aスキームの選定を誤ると、顧問先の離脱や引き継ぎトラブルにつながるため、初期段階から慎重に検討する必要があります。

税理士事務所のM&Aでは、所長の関与(現役続行か引退か)と事務所環境(継続使用か統合か)の組み合わせによって、4つのタイプに分類されます。

判断基準検討ポイントM&Aタイプ
所長の関与希望まだ業務を続けたい・生涯現役を目指している支店展開承継型・合併型
引退時期なるべく早く業務から離れたい支店展開引退型・完全譲渡型
事務所環境来所が多い・事務所の雰囲気をそのまま引き継いでいきたい支店展開承継型・引退型
創業者利益創業者利益をしっかりと確保したい完全譲渡型
顧問先との関係所長と結びつきの強い顧問先が多い支店展開承継型
職員の定着変化を最小限にして職員の離職リスクを下げたい支店展開承継型・引退型

4つのM&Aタイプの特徴

  • 支店展開承継型【合併または持分譲渡】
    • 所長も数年残り、場所も変わらないため、変化が一番少なく職員の離反、顧問先離れのリスクが少ない
  • 支店展開引退型【事業譲渡または持分譲渡】
    • 職員・顧問先にとって変化が少なく、来所が多い事務所にメリットが大きい
  • 合併型【合併のみ】
    • 所長が残るため引き継ぎがしやすく、譲受側に合流することで業務負担を軽くできる
  • 完全譲渡型【事業譲渡または持分譲渡】
    • 所長の給与や人材派遣が不要で、最も創業者利益を確保しやすい

M&Aスキームごとに環境維持の程度や創業者利益額、適用場面が異なるため、自法人の状況と希望に最も適したタイプを選択することが重要です。

判断に迷う場合は、M&Aに精通したアドバイザーに相談することで、より適切なスキーム選定が可能になります。

税理士業界に精通したM&Aアドバイザーの支援を受ける

税理士事務所のM&Aには、税理士業特有の契約や業務形態が関わるため、一般的なM&Aとは異なる対応が必至です。

税理士業界に精通したM&Aアドバイザーの支援を受けることで、手続きの円滑化だけでなく、トラブルの未然防止や譲渡側の心理的・実務的負担の軽減にもつながります。

以下に、M&Aアドバイザー活用のメリットと、選定時に確認すべきポイントをまとめました。

項目内容
専門性と実績の確認税理士事務所M&Aの成約実績や業界理解を確認
過去の支援事例や顧客の評価も参考にする
サポートの範囲企業価値評価、マッチング、交渉、契約書作成、PMI支援まで一貫対応が可能かを確認
専門家ネットワーク弁護士・公認会計士・社労士などの連携体制があるか
リスク対策や実務支援がワンストップで対応可能か
情報管理と信頼性秘密保持契約(NDA)の有無、情報管理体制の透明性、担当者の信頼性などを確認

税理士事務所のM&Aにおけるアドバイザーは、成功確度を高めるための戦略策定者であり、交渉の現場では冷静な調整役、そしてリスク管理面では前面に立つ役割も担います。

初めてM&Aを実施する場合、M&Aアドバイザーの支援を受けるかどうかで、交渉の進行速度や結果に大きな差が生じるものです。

出費を惜しまず「成果と安全性を最大化する投資」と捉えてM&Aアドバイザーに業務を委託しましょう。

「業界特化」「実績」「信頼性」の3軸で複数候補を比較し、自法人に最も適したアドバイザーを選ぶことがM&A成功への近道です。

顧客・職員への丁寧な説明と統合計画を行う

顧問先や職員の信頼を損なわないことは、M&A後の事業継続と安定経営に欠かせません。

税理士事務所では、「人間関係の継続」が契約維持や人材定着に直結するため、M&Aによる変化を最小限に抑える体制づくりが重要です。

したがって、M&A情報の開示タイミングと説明方法、経営統合時の実行計画を適切に策定し、それらを着実に実施することで関係者の不安を払拭することが求められます。

対象想定されるリスク対策
顧問先契約切替の手間や不安による契約解約
新体制への不信感
旧所長・新所長が同座して状況説明
旧所長が一定期間残留することで安心感を提供

契約内容に変更はないことの案内
職員将来の役割不透明による離職リスク
雇用不安や待遇変更への懸念
雇用条件とキャリア展望を明確化
組織体制と役割を早期に共有
個別面談の実施
移行期間混乱・問合せの集中による信頼低下問合せ窓口設置+定期フィードバックで対応強化
体制移行期間3~6ヶ月を設定
旧所長による業務支援

顧問先には旧所長と新所長が同座して挨拶と状況説明を行い、「安心して継続できる」と納得してもらえるよう引き継ぐことが、信頼の維持につながります。

職員には、M&Aの背景やメリットを共有するとともに、待遇や雇用の維持を明示し、今後の方針を明確にすることで、安心して業務に集中できる環境を整えることが重要です。

顧客・職員に寄り添った対話と継続的なサポート体制が、M&A後の成功を支えます。

まとめ:自法人に合ったM&Aスキームを選ぶために必要なこと

税理士事務所のM&Aは、後継者問題や経営資源の確保といった課題を解決するための手段であり、それ自体を目的とするものではありません。

M&Aを成功させるには、「何を実現したいのか」を明確にしたうえで、自法人にとって最適なスキームを選択し、専門家のサポートを得ながら計画的に進めることが肝要です。

検討項目ポイント
M&Aの目的後継者不在問題の解消・事業承継の円滑化・組織安定や収益力強化など、達成すべきゴールを明確に設定する
スキーム選定支店展開承継型・支店展開引退型・合併型・完全譲渡型の中から、自社の状況と方針に適したタイプを選択
所長の関与と事務所環境を総合的に評価する
事前準備引き継ぎ資産の確認・リスクや負債の整理・譲渡後の関与方針と価格設定を明確化する
専門家の活用税理士事務所のM&Aに精通したアドバイザーに業務委託し、交渉・契約・引き継ぎを包括的に支援してもらう
関係者への対応顧問先・職員への丁寧な説明を実施し、不安を払拭
信頼維持を最優先に円滑な経営統合を図る

M&Aによる譲渡は単なる「売却」ではなく、税理士事務所の将来を築くための経営戦略です。

よくあるM&A失敗の多くは、目的不明確や専門家不在、準備不足に起因します。

税理士事務所のM&Aでは、顧問先や職員との関係、資格制度の制約、法人格の扱いなど、一般企業とは異なる論点があることを覚えておきましょう。

まずは、税理士事務所の士業M&Aに精通した信頼できるアドバイザーに相談し、リスクを抑えた合理的なM&Aスキームを選定することが、自法人および関係者全員にとって納得できるM&A成功への第一歩となります。